2016年05月06日

映画「ちはやふる」〜あったようななかったような青春時代


ちはやふるを見てきました。
すでに下の句が公開されてから見に行ってしまったため、
公開時間の関係で本来のストーリー流れとは逆の
下の句→上の句の順番で見てしまったのがやや残念だったもの
とっても楽しめました。
ちはやふる
→映画「ちはやふる」公式サイト

「日本映画はハリウッドと比べて予算で圧倒的に負けるのでアルカラシテッ」
とか言ってないで、こういう日本らしい作品、どんどん生まれてほしいです。
「こんな青春時代過ごしたことないけど、なんか懐かしいような気がする…」
という小さい感傷の揺さぶられ方加減がちょうどいい感じでした。

とはいえ、見た直後しばらくは、
前半のテンポの良さに比べて後半のストーリーの失速著しく、
登場人物が立ち止まってしゃべりすぎだろ、と思ってはいたのです。
上下に分けないで一本にまとめればもっと全体としてのテンポがよくなったのではないだろうか
という感想でした。

ところが、よくよく考えてみるとこれ、「前編」「後編」じゃなくて
「上の句」「下の句」なんです。
上の句が開示された状態では(魅力的ではあるものの)まだ全体像ってよくわかっていなくて、
それが切り離されて存在する下の句との繋がりを発見することにより前半の意味も理解できるようになる、
というカルタ取りとおなじ構造で作ろうとしたのかもしれない。

ちはやふる
↑単に音の繋がりでしか考えていなかった百人一首の意味を部員それぞれのものとして体験していく話でもあるわけで。

そうすると、活動的にキャラクターが立ってて魅力的な上の句に比べると
下の句は圧倒的に内面描写が増えている、
ということにも理由があるように見えてくるのです。
なんだ、めちゃくちゃかっこいい構造じゃないのっ!
(それでも立ち止まってしゃべるシーンちょっと多すぎだろ、とは思うけど)。

それから、
女子高生特有の蓮っ葉なジャージの着崩し方、とか
吹奏楽部が年中うるさくて暑苦しい部室とか、、
昭和の個人書店に存在していた、営業時間に絵本なんかを外にだしておくためのスチール製の回転する簡易本棚、とか
誰しも心あたりのある風景の描写がとても綺麗に描かれている作りこみ具合もとても良かったです。

ちはやふる
↑机が友達、机くん。私もこんな感じで本の陰でおべんと食べてましたので大変シンパシー。

あと、超可愛すぎる広瀬すずが、明らかにモテる見込みがないために孤独の中に安住の地を見つけ出しつつある冴えない男子高校生、机くんに向かって
「私、机くんがいい。机くんじゃなきゃいやだっ」
と叫んで殺しにかかる、という残虐シーンも大変良かったですね。
霊長類ヒト科の中でこういう類の無駄な殺生をためらいなくやるのって女子高生くらいだよなーっと思いながら
天国と地獄をいっぺんにみる机くんの心中を思うと胸がひりひりと痛んで、なんかとっても……気持ちよかった(マゾ?)。

ちはやふる
↑「俺じゃなきゃ嫌だなんていいながら結局単なる人数あわせ要員じゃないかっ!」と泣き出してしまった机君に対して「俺だって才能なんかないよっ」とまったくかみ合わない謎の自分語りで切り返すイケメン太一。イケメンと美少女の押しの強さにうっかり丸め込まれちゃ駄目だぞ♪(でもたぶん丸め込まれたほうが青春は楽しい気がする)。

連休中だったこともあって、結構大きなシアターにお客さんもたくさん入っていたのですが
私の隣に座っていたのが、いわば現役世代、
大きな部活バックを抱えた高校生と思しき男の子たち五人組だったのです。
私がどんなに憧憬とノスタルジーに心中ゆすぶられたり、映画の構造を考えて一人で膝を打ったりしていても
彼らがリアルタイムで自分の経験に近いこととして青春映画をみる、という感動には絶対遠く及ばんよな、
と思って、その切ない感じがまたいいのでありました。
映画館って、どういう人たちがこの映画を見てるのか、ってのを感じ取れるのも楽しみの一つですな。





←アニメもぜひ暇をみつけてみてみたい。
posted by 六条 at 18:00| Comment(0) | 映画とDVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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